愛知にある経営コンサルにはこれまで数多くの会計事務所を見てきたプロがいます

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代表挨拶(動画有り)

愛知の経営コンサルは信頼と実績が豊富にあります

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経営コンサルが愛知の企業の前向きな経営を応援します

愛知で注目を集めている経営コンサル・「知野式会計事務所紹介サービス」には、これまで数多くの経営者の方からのご相談に対し、的確なアドバイスを提供してきたプロのスタッフが在籍しています。「会計事務所について相談したいことがある」というお客様は、ぜひお問い合わせいただきたいと考えております。過去に3,000もの会計事務所を見てきた確かな目を持っているスタッフですので、必ずお役に立つことができると自負しております。ぜひ愛知の経営コンサルにご相談ください。


代表

代表

知野 進一郎

部署・役職名1

紹介文
はじめまして、ズバリ直言:生涯現役!!
会計事務所紹介サービス、経営者の親身の相談相(株)代表取締役の知野進一郎です。

代表の始まり

長野県更埴市(現:千曲市)に昭和28年5月19日生まれました。
双子で生まれましたが、弟の二郎は1週間後に亡くなりました。

 

3歳の時には両親が離婚し母に引き取られ、母子家庭の環境の中で育ちました。ただ、一時はその母も東京へ女中奉公に行き2年間は伯父伯母に面倒を見てもらっておりました。それからまた、母と暮らすようになり、母親とは子供の為ならばをどんな困難ことがあっても耐える心持つ強い心と覚悟を持っていると幼心の時に感じたました。

 

母は父と離婚してからも父の悪口は一言も言うことなく、幼少期の時から常に笑顔で優しく生活を支えてくれてました。だからかもしれませんが、不良少年や非行に足らずに今の自分があるのかなと思います。30歳の時に研修を受けて、研修先の先生には、「あなたの様な境遇で不良少年になる事が多いがあなたみたいなタイプは珍しい」と言われました。離婚すると別れた伴侶の悪口を言うから子供は不良か障がい者になる可能性が高いと思いました。このことは60歳を超えてから分かり、母に感謝しています。でも父がいなかったら私はいません。

 

母と離婚後、再婚し亡くなりましたが感謝しています。母と父の墓参りをしましたが、母が父の墓の位置を指さしましたが行こうとはしませんでした。父の子供とも運命の出会いがあり、後日、父の墓に高速道路が通ることになり墓地の移転に伴い数百万円の相続権利がありましたが母と相談し放棄しました。弟から電話があり、「頑張れよ」「お兄さん、ありがとう」の言葉は忘れません。地元の屋代小学校、屋代中学校、屋代高校を卒業し、上京し1年浪人後、昭和52年、法政大学社会学部社会学科を卒業しました。

代表の仕事経歴

第一の仕事は、中1から大学卒業までの11年間にわたり新聞配達と集金をしたこと。感じの良い応対をする家庭や会社は誰でも同じ応対をします。逆も成り立ちます。「家庭はご主人、会社はトップの社長次第」というこが分かりました。冬の北部の信州は今は雪は余りないようですが、一冬に何度か雪が30センチほど積もり、新聞を投げ出したいこともありましたが、続けることで我慢強くなったと思います。

 


第二の仕事。昭和52年から36年間、会計事務所をお客様とする(株)TKCさんで平成25年5月の定年退職まで勤務をし、計算部、システム・コンサルティング・グル-プ、TKC長野センタ-長、東海・北陸エリアセンタ-長、(株)TKC中部用品センタ-常務取締役、TKC中部会事務局長等を歴任し、東海大地震の対策にも携わりました。3000以上の会計事務所とそのお客様企業を訪問しました。サプライ事業部中部支社長を最後に感謝して定年退職をしました。30歳前にTKCの複数の会員先生とそのお客様の社長から経営コンサルタントとして独立を勧められましたが、創業者の故・飯塚毅先生についていきたくてその考えはまったくありませんでした。30歳前後から会計事務所のお客様の拡大方法や初期指導等で独自のテ-マで定年退職まで100回以上の講演を行いました。3年以上にわたりお客様の機関誌(TKC中部会報)にも拡大方法、立地等で執筆しました。「お客様の増やし方」は会計事務所、企業共にライフワ-クとしています。定年退職をして5年経過して、改めて人生の正しい生き方を同時に教えていただいた(株)TKCさん並びに飯塚毅先生に感謝しています。

大病からの復活

平成6年から7年にかけて母が胃ガンの末期で3か月の余命と言われましたがびわの療法で1年寿命が延びました。独身の身で看病の大変さを経験しました。名刺の裏に「一秒一秒に生死を懸ける」を手書きしましたがは母の生き方そのものでした。

 


平成7年に前庭神経炎(平衡感覚障害)と平成19年に脳梗塞と2回の大病を経験しました。幸い、命があったので、「生かされている。儲けものの人生。他人の幸せのために尽くそう」と考えるようになりました。定年退職後の平成25年6月から1年間で100日前後の東京を主に研修に参加しました。2000万円以上を研修費、DVD、CD、書籍、交通の費・宿泊費等に投資をしました。多くの講師が「このままでは日本は危ない」と訴えられ危機感を感じ、自分で何ができるかを徹底的に考えました。この投資が今、生きています。
平成25年に前立腺ガンか確かめるために1泊2日で検査入院しました。前立腺の12か所の細胞を採る段階で、1か所が止血できず、多量出血をなんとかと切り抜け5泊6日の入院になり、検査結果は初期の前立腺ガンでした。
半年後に前立腺を全摘手術をして乗り切り、強い使命感を感じて第三の仕事、経営者の親身の相談相手を設立しました。

 


平成26年4月から、法政大学大学院、政策創造研究科に入学し「日本で一番大切にしたい会社」で著名な坂本光司教授に4年間師事をしました。中小企業論、新産業創出論等の授業、坂本ゼミで春・夏の企業視察(合宿)、個別視察は坂本教授と200社以上の企業訪問をしたことは財産で生きています。他の教授と社会人大学院生からの学びも財産になりました。
ナポレオン・ヒル財団認定上級指導員。西田(文郎)会会員。名古屋西田塾13期生。東京西田塾37期生。第16期自創経営塾生。田坂(広志)塾生。志師塾10期生。人を大切にする経営学会会員。

 


・平成25年6月7日の設立記念日(妻の誕生日)に、経営者の親身の相談相手株式会社を設立。法政大学大学院 坂本 光司教授の4年間学び、学び続けています。
・平成30年12月19日、大学院で同級生で2年前に亡くなった服部義典さんの命日を正式に会社の活動をする日としました。服部さん、心臓等の臓器がすべて右左逆の内部障がいで呼吸量は普通の人の4割程度しかありませんでした。彼を支えたり学ばせていただきました。命日には毎年、ご自宅に報告に行きます。

愛知にある経営コンサル・「知野式会計事務所紹介サービス」では、豊富な実績のあるベテランのコンサルタントが、24時間365日体制で、東海エリアの企業の経営者の方からのご相談をお待ちしております。「前向きな経営をしたいとお考えのお客様を真剣に応援したい」という気持ちを常に持って対応しているため、おかげさまで周辺地域のお客様からは厚い信頼を寄せていただいております。
代表コンサルを務める知野は、平成24年に「経営者の親身の相談相手株式会社」を立ち上げて以来、少しでも東海四県のお客様のお役に立てるよう、常に努力を続けてまいりました。今後も会計事務所についてお困りのお客様をしっかりとサポートしていけるように、コンサルタントとしてしっかり働いていきたいと考えております。一度話を聞いてみたいという方は、愛知の経営コンサルにご相談下さい。